1月 2月 3月
 

身土不二


先月号の韓国光州第一高校の日本での合宿練習の続きです。
そして出張先まで訪ねてきた彼らの口から出たのは「もう当時の父兄も校長先生も変わられたので、もう一度、日本での合宿練習の企画を元に戻して、再交渉をして下さい」というお願いでした。しかし、私は昨年の苦い思いがありましたので「もう私はお断りします。誰か他の人に頼んで下さい」と頑なにお断りしました。その後もこのような事が数回と続いたのですが、私はそんな気持ちになれませんでした。そんな中、昨年の夏に以前に紹介しました、玄義松先生から電話をいただきました。玄先生は、韓国農業者の中では知らない人はいないというくらいの立派な農業指導者です。一九四二年生まれの現在七六歳です。私の知るところでは、貧しい農村の生まれで勉学に励み、苦労してソウル大学を卒業。韓国農協中央会に入所、日本東京事務所勤務、農協大学校長、農協中央会信用代表取締役、農民新聞社長などの要職を経て、今は日韓農業農村文化研究所の韓国代表理事として農業の現場に絶えず足を運び、農民と膝を付き合せて深い愛情で指導にあたられています。そして家族の健康のために時間を割いては、畑で野菜や果物を有機堆肥、無農薬で栽培しています。またそこでは地鶏も飼って、卵や肉も自家製で賄っています。絵画も六十歳すぎて始め、いまは玄人の域に達しているほどで、一昨年の十一月九日より一週間の日程でソウルの仁寺洞という一等地にある文化芸術の集積された地の白松書廊という画廊を貸切り、大小合わせて約六十点の絵画を展示して個展を開催しました。私も招かれて150余名の招待者と共に開催式典に出席しました。その場でいきなり挨拶をと紹介され、思いつくままに即興で粗辞のお祝辞を申し上げたのも今では良い思い出です。絵は大きいものは畳一枚ぐらい、小さいものでも半畳ぐらいはあり、すべて自然や農業を題材にしています。その個展は「身土不二展」と題名をうっていました。身土不二とは、その土地の食文化や人の生き方を大切にしようという韓国の考え方。土と身体はひとつであり、人が健やかに生命と暮らしを続けていくためには、自分の暮らしている土地で採れたものを食べるのが一番だという教えです。玄先生は「身土不二」を心の基本として韓国農業の再生と発展に常に情熱をかたむけて指導に取り組んでいます。私のもっとも尊敬する徳の高い立派な人の一人です。その先生が「ヤハタさん韓国のソウルや珍島等、数ヶ所の農村と農協を訪問して大山の経験してきたことを語ってくれませんか」と要請してきたのです。
そのようなご縁で昨年の九月八日(金)から、三泊四日の日程で韓国最西端の島にある、西珍島農協やソウル郊外の一山農協など各地に招かれていきました。この時は、小切畑地区でえのき茸やすももの栽培に取り組んでいる黒川始さんも同行いたしました。始さんは、熱心に勉強される方で農協に来られるたびに、私のところに来て「今度訪韓するときには是非同行したい」と強く望むものですから、私も何とか期待に応えなければと、今回の同行になったものです。珍島は歌手の天童よしみが歌った「珍島物語」で有名になったところです。
その島に渡り、前夜より美味しい海鮮料理と韓国の地酒「マッコリ」を頂き農村談議に酔いながら、合歓の木に合歓の花を咲かす頃まで熱心に語り合いました。翌日午前中は島内を視察して、金大中元韓国大統領も来店したという、本島と珍島の海峡の岸壁形勝の地に建てられたレストランで昼食をしていると、昨日より御一緒していた羅勲光州野球協会会長を訪ねて光州第一高校野球部員の父兄の方々が五名、片道四時間をかけて車でやってきたのです。

 

 

玄先生の個展出品絵画 身土不二

 

 


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