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老台との別離

 

 (株)ヨシケイ浜松、名誉会長渡辺虎雄氏の訃報が届いたのは、昨年の暮れも押しせまった十二月二十三日のことでした。満八十九歳でした。

渡辺氏は、私が最も尊敬の念を抱く老台で、三十年のお付き合いがありました。すぐにでもお通夜、葬儀に駆け付けたい思いで一杯でした。しかし年末は日程が詰っており、どうしてもお参りすることができませんでした。

早く早くと思いながら、お参りすることができたのは、年が明けた一月二十九日(金)になってからでした。

数日前より降り積もった雪がまだ残っている、寒い早朝の五時に車で自宅を出て、博多駅屋上駐車場に車を停め、七時四分発の「新幹線のぞみ」に乗車。途中、名古屋で「ひかり」に乗り換え浜松駅に到着したのが十一時十一分でした。先にお知らせをしていたので、駅改札口に出迎えてくれたのは、前社長で今は相談役に就かれている渡辺理氏です。途中、生花店に立寄り供花を購入して、中区富塚町の故名誉会長の自宅に着いたのは昼近くになっていました。

奥様と三代目社長として跡目を継承された娘さんの記余子社長が玄関で出迎えてくれ、お座敷へと案内されました。お座敷には、葬儀に使用されたと思われる穏やかな笑顔の故名誉会長の大きな遺影が飾られ、周りには献花されたであろう三〇鉢ほどの立派な胡蝶蘭。その祭壇の中心に、白い布でおおわれた遺骨が納められた箱が置かれています。その仏前に額衝き線香に火を付け手を合わせたとたん不覚にも慟哭に襲われ涙が留まらなくなりました。それを見て奥様と記余子社長は「ヤハタさんあなたがそんなに泣くことは無いわヨ」と二人揃って言われ「私達がケロッとしているんだから」と逆に慰めてもらいました。きっとお二人の気持ちは充分に看病して、それなりのことをした充足感からの言葉だったのでしょう。病の床にある名誉会長に向かって、二人が最後にかけた言葉は「お父さん、もう頑張らなくてよいから」だったとのこと。こう語りかけると、静かに息を引き取ったと話してくれました。三人のお方と一緒に昼食をご馳走になりながら故人を偲び懐かしく昔話をしていると、三〇年間のお付き合いの想い出が次から次へと走馬灯のように浮かんできました。

しかし日帰り日程だったため、そんなひと時もあっという間に過ぎ、また浜松駅まで相談役に送ってもらい、一五時三十七分の「ひかり」に乗車、来た時と同じで名古屋で「のぞみ」に乗り換え十九時三十九分博多駅着、それから車を運転して、自宅に帰り着いたのは二十一時過ぎとなっていました。

故渡辺虎雄氏に始めてお目にかかったのは、昭和62年の春でした。 (株)ヨシケイグループは、年商一〇〇〇億円の魅力ある伸び盛りの会社でした。そして当時、和菓子のソニーといわれ躍進し続けていた京都の菓匠叶匠寿庵の創業者、芝田清次氏と渡辺虎雄氏はお互い信頼し合った友人同志で叶匠寿庵を紹介してくれたのも渡辺虎雄氏でした。

いま少し想い出をたどってみたいと思います。

 

次号に続く

 

 

左より江田一美氏、渡辺虎雄氏、芝田清次氏、私、天谷昇氏 

昭和62年11月17日 叶匠寿庵にて

 


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