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農業者の創るテーマパーク

 

平成22年11月号のエッセイで述べましたように五馬の台地には古墳時代(約1600年前)に五馬媛と呼ばれる女性の首長がいてその地域を統治していたといわれています。では五馬媛とは本当に存在していたのか、そして、いたとすればどういう女性であったのか、興味がわいてくると思います。古代に遡り想像するだけでも夢とロマンが広がり、不思議な世界へと誘ってくれます。

 奈良時代(約1300年前)に編纂された古代の地方紙「豊後風土記」を繙くとそこには次のように記述されています。

 「五馬山 昔者、此の山に土蜘蛛有り、名をば五馬媛と日ひき。因りて五馬山と日ふ。」

このように約1600年前には五馬の台地におおくの人々が暮らし、生活を営んでいました。その「お頭」が五馬媛だったのです。今風にいえば、小さな村の村長さんみたいなものであったのでしょうか。否、もっと重責のある立場にあったのかもしれません。そこに住む人々の生命と暮らしを守り、不平不満を解消し、平穏で豊かな安住の地を守り抜いていかなければならなかったのではないでしょうか。村長であり警察署長であり、そして検察官、裁判官の役をもしていたと考えられます。

 それでは何故「土蜘蛛」という恐ろしい名で呼ばれていたのでしょうか。

それは彼らが当時の国の主権者である大和朝廷に従わず、自由自主と独立を守り、暮らしを営んでいたからです。

 このように主権者に服従せずに独自の村づくりを営んでいた種族は土蜘蛛とか熊襲といったような蔑称で呼ばれていたのです。

 今回、五馬媛の里を開園するにあたり看板やリーフレットを作成するために相談したのが「企画編集 ハヌマン」の会社代表三浦祥子さんでした。三浦さんは昨年3月号のエッセイで紹介しました『虹を追う群像』の執筆編集を担当し、大山の実情をとても良く理解してくれている方です。

 そこで上がって来た提案がこの場所を「農業者と都市生活者を結ぶ大地」として、また「日本古来の農業を世界に伝える独創的テーマパーク」として今後五十年、百年にわたり何をどう表現していくべきか、ということでした。

 まず「五馬媛のイメージを定着させるためには五馬媛の姿をまず決める必要がある」と看板の作成を企画検討いたしました。皆さんはもう看板をご覧になったと思いますがどんな印象をもたれたでしょうか。実は発掘調査で石棺や遺骨が発見されその姿が証明されているのです。では五馬媛とはどんな顔だったのか。その顔は平べったく、いわゆる豊後によくある骨格だったようです。実際の骨格に沿って「いかにも活気があり」「美人というよりイキイキとして可愛い」「気が利いて何でもできる」「いつもは優しいけれど敵が来たならば先頭に立ち、勇敢に戦う」そんな凛とした姿の素敵な女性であり、聡明な頭脳を持ち合わせた頼りがいのあるリーダー(指導者)をイメージしてあの五馬媛の姿が出来上りました。

描いていただいたのは30数年のお付き合いがあり大分市でデザイン事務所を開き活躍している中沢潤一郎さんです。

こうして「農業者のテーマパーク、いのちよみがえる、木の花ガルテン 五馬媛の里」の「顔」が完成したのです。

 

 

 

 

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