『21世紀の農村と大山』

 私達世代が体験した20世紀は、1950年代以降である。戦地から帰国した青年は、結婚しベビーブームの時代であった。当然の如く、農村には人が多く仕事を求める人達であふれた。朝鮮動乱を契機に、戦後の経済復興が始まると、農業から工業へ農村から都市へとヒト、モノ、カネの一方通行の流れが始まり、国をあげての農村離れ土離れが加速した。結果として、経済大国となったが、20世紀の日本は過疎と過密、高齢化、少子化、環境破壊等幾多の負の遺産を抱え込んでしまった。特に農山村に於ける若者の流失による高齢化は目を覆うばかりで、もはや復元不可能な集落が国中で数多くある。
私は旅が好きで、この40年間世界各地を訪れた。どこの国も20世紀の100年間、地方から都市へ経済の流れと効率化の中、人口が集中し、特に首都には国民の10%以上がひしめくという現象を目の当たりにした。日本も例外ではない。
 しかし、世界で1国だけ人口集中を意図的に避けて人口分散した国がある。それは、ドイツである。200万人以上の都市はないという均衡ある国づくりである。後日、歴史が証明する壮大な実験でもある。しかし、我が国の如く過度に人口集中した国は安全保障の面や防災等あらゆる面で過密の弊害に悩まされている。
大正年間に始まった5年に一度の国勢調査は、その時代の人口分布を如実に語ってくれる。第1回国勢調査時には、人口20万人以上の都市に住んでいた人は、約20%であり、残りの80%は農村に住んでいたという。100年近く経った今、全く数値が逆転し、都市に80%農村に20%という。長い年月をかけて流れてきたこの振り子が、少しずつ反転の時を迎えてきたのではないかと思う。世界の歴史をひも解く時、政治も経済も人の考えも一方だけに永遠に組するものではない。動あれば反動ありが原則である。必ず振り子の戻しはある。地球が温暖な気候に恵まれ、潤沢に食糧が生産され、お金さえ出せば欲しい食糧が手に入れられた20世紀、食糧の生産は国際分業で良いと巧言した学者さんや、識者が沢山いたが、21世紀の地球環境の変化や開発途上国の経済発展の中、有限の化石エネルギーの高騰を受け、にわかに世界の食糧不足が危惧されるようになってきた。
都市に住む80%の紳士、淑女の皆様、生活の便利さと引き換えに狭い住宅やアパート、他人の土地の上での砂上の楼閣で豊かさを享受していると錯覚している方々に、地方へ出向き、自分の農地を求め、せめて親、兄弟の食糧ぐらい自給自足する位の安全弁を持たれた方がより豊かと思いませんか、さあ21世紀の壮大な実験が始まっています。真の人間としての生き方、豊かさは、土に根ざした農村にこそありと宣言したい。そして、合併を拒否した大山農協は、21世紀の人間の生き方を提案する壮大な実験に挑戦して行きたい。
 
 
 
 
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