| 『先人の生き様と大山』
今年は、昭和二十二年農協法が制定されて丁度六十年目の節目の年である。
設立当初の理念から農業、農協を取り巻く環境が変化し、もはやその範囲では農協運営が成り立たなくなっている。
現在、各県単位で経営が行き詰った農協や、将来見通しの立たない農協が合併を繰り返してきた。合併は対農家へのサービスをよりきめ細かにどうするかではなく、ただ組織維持の為、農家を無視した合併である。
合併をしても地獄、しないでも地獄、それならより楽な方へ逃げ込もうというのが実情である。
合併によって、力のある農家の農協離れが起こり、農協の農家離れが加速されよう。
農協設立から満六十年(二世代)が過ぎ、もしかしたら従来の農協では、その使命、役割が終わったのではないかという気さえする。一般的に農協運営は、信用、共済、農産物委託販売手数料で成り立っている。Aコープ、支所、資材販売は事業として万年赤字である。指導は全く無収入のサービス事業、かつて大きな収入源だった信用事業はバブル崩壊以来ゼロ金利となり全くの赤字である。一般農協が運営できるはずもない。
大山農協では、この四十年間絶妙に時代の変化に対応してきた。梅栗からスタートし、加工事業、キノコ培養、木の花ガルテン直販所レストラン等々、しかし、キノコ培養と加工場(外商事業)は、時代の変化に対応すべき、その磨き方を怠ってきた。
対応の仕方次第では、高収益が期待できたのに残念である。経営は毎月、いや毎週の数字を冷静に追い続け少しでも変な兆候があれば、すぐに原因を追究し日々対策を練る。それが、常套手段である。
今、地道にその作業に取り組み対策を急ぐのみである。幸いにも歴代の経営者はバブルの時にも、高収益の時にも一獲千金を夢見て金融商品や不動産事業に手を染めなかった事はありがたい事だ。
利益が出れば特別積立金として資金を貯め、組合員の出資額の約四倍の積み立てをしてくれた事に心から感謝をするばかりである。
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