『この世で最も扱いにくき者』
組合長を引き継いで早や半年が過ぎ去ろうとしている。
昨年の今頃、地元の方々や町内の友人から理事に出てくれと言われ、思い悩んだのが昨日の事の様に思い出される。
私利、私欲、私心あるやなしやと何度も何度も自分自身に問いかけた。
地位や名誉、お金に対し一切欲しくもないし、ましてやマスコミに、ちやほやされる事を望む事など爪のアカ程もない事を確認して理事を引き受ける事にした。
そして、この数ヶ月間ひたむきに農家組合員の所得向上と農協の運営について思い悩み、取り組んで参りました。しかし、成果は何も上がっていないのが実情であります。私独りの力で出来る事は限られています。七十名を越える職員の力が発揮されなければ何も出来ません。組合長就任と同時に全職員の方にレポートを自筆で書いて提出して頂きました。一人一人職員の能力、熱意、やる気を把握する為です。「文は人なり」。どんなに短い文章でもその人の姿が浮き彫りになります。念の為、係長以上は二度目のレポートを提出して頂きました。
私の思った以上に職員の資質は高かったというのが印象でした。只、殆んどの職員が生活習慣病に侵されています。即ち、毎日を惰性で過ごし、漫然と仕事に取り組み問題を沢山かかえた自分の部署の問題解決へ向けての真撃な取り組みの姿が感じられなく、概して無気力集団。
何故こうなったのか、元々この程度なのか私には解らない。
仕事を遂行する為には、職員一人一人の意識改革が急務であります。仕事とは、その人の能力×熱意×考え方の掛け合わせであると京セラ会長の稲盛和夫氏がよく言われる。能力と言うのは多分に先天的なものがある。しかし、熱意に関しては、やる気や覇気の全くない無気力な人間から仕事や人生について燃えるような情熱を抱き懸命に努力する人間まで個人差がかなりある。
そして、考え方とはその人の魂から発するもので生き様といっても良い。この姿勢が人間として正しいものかどうか問われるものではないだろうか。考え方と熱意は能力を上回る事も事実である。
さて、今月号には少し偉そうな事をしたためた「文は人なり」と書いたが、私の人となりはいかがなものか、いつも反省ばかりである。
冒頭の私心あるやなしやと地位、名誉、お金もいらぬはまぎれもなく私の本心である。
これらを欲しない者程、扱いにくい人間はいないのかも知れない。 |