『桜咲く頃』
  梅の花も終わり、愈々桜のシーズンの始まりだ。四十代の後半あたりから、年のせいかやたらと日本の美について意識するようになった。建物、庭に始まり諸々の文化に触れるにつれ、奥の深さに圧倒される。我が国の気候、風土に根ざした文化、伝統、そして質の高い人間性によって培われ、育まれた美は世界においても冠たるものがない。中でも自然美の最たるものは春の桜と秋のもみじである。
  我々にとって最も身近な桜は、ソメイヨシノである。その鮮やかさ、豪華絢爛さは、群を抜くものである。でも、日本各地の桜の名所、名木を訪れると山ザクラあり、ヒカン桜あり、枝垂れ桜ありで、なんと品種の多いことか。奈良県吉野の三万本白山桜、京都奈良の名刹に存する由緒ある桜の数々、そして奈良県山奥の村にある又兵衛桜(後藤又兵衛の出生地 樹齢八〇〇年)、福島県三春町にある滝桜(樹齢一八〇〇年と言われ、別名縄文桜)には、それぞれその一本の桜見物の為四百万人の観光客が訪れる。
  未だ見ていない桜で興味をそそるのは、北海道函館近くの松前町の桜である。学校の校庭にあったヒカン桜の美しさに魅せられた小学校の先生が、児童と共に種を拾い育てた桜が見事花を咲かせ、四種類、十本の名木(四月下旬〜五月上旬開花)が誕生した。私もその内の一本を植え、その美しさを毎年堪能している。
  桜の時期を迎えると、毎年西行法師の次の詩を思い出す。
「願わくば 花の下にて   春死なん その如月の         望月の頃」
  平安末期、将来を約束された北面の武士だった若き佐藤左衛門尉義清は、鳥羽天皇中宮待賢門院璋子の一夜の寵愛を受け、愛恋の思いを断つために約束された前途も妻子を捨て出家する。しかし、待賢門院の面影が忘れられず京都に在するが、彼女の逝去を契機として都を去り、各地を訪れ遂に吉野山へ庵をかまえ、月と桜、雪の詩を数限りなくしたためた。そして、念願の桜の満開、しかも十五夜の時にこの世を去ったという。
  農作業の忙しい最中、しばしの時間をつくり桜を愛で、この詩を思い起こして頂けたら幸甚です。

 
 
 
 
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